ひと手間のごちそう

ひと手間のごちそう

看板のとおり、農家の祖父の一言から始まったお店です。

 

農家の次男坊として生まれた僕が物心つく前から、うちの祖父は代々農家です。

昔から田んぼは遊び場、週末は祖父の家へ行き手伝いをするのが当たり前の環境で育ちました。

大きくなるにつれて友達や部活を優先するようになり、成人してからは

”どうせ僕は次男だし”と言い訳をして農家の祖父の家には寄り付かなくなりました。

 

その間、祖父や祖母は部活の応援にも来てくれるし

就職してからも変わらず定期的に連絡をくれて変わらない愛情を注いでくれました。

 

そんな当たり前はある日突然崩れます。

 

”じいちゃん、農家やめるってよ”

家族から聞いたその一言はあまりに衝撃的でした。

 

じいちゃんに直接話を聞くと

「もう疲れてしもうた、、」の一言・・・

・燃料や機材は高騰の一途

・農薬や苗一つ見ても年々値上がりするが米や野菜の買い取り額は下がる一途

値がつかなくて蔵に眠らせた野菜を”捨てるよりは、、”と肥料代わりに畑に撒く

・体が年々つらい、張り合いがない

・なにより自分たちが生きてきた時代は野菜一つ、米粒一粒が生きる為にお金より価値があった時代。

極端な話、野菜や米の取り合い奪い合いでケンカや殺人・戦まで起きた時代・・・

一方、今は野菜を親族にあげても「スーパーで買う方がきれいだし、もらっても困るわ」と平気で言われる始末

 

書いている今も祖父の気持ちを考えると胸が痛みます。

 

私も料理人として最近一番思うことが

みんな食べ物を粗末にし過ぎる!!!

 

平気で頼み過ぎて残すし、真ん中だけ使って端は平気で捨てる。

ダイエットを言い訳に残すのが美徳とされる

グルメぶって口に合わないと平気で捨てる。

 

1日1回の食事も満足に取れない人たちとの格差は開く一方。

 

みなさんご存じですか?

食料廃棄率・量(まだ食べられるものを捨てている)共に日本が世界1位である

という不名誉な現実を

 

SDGsだ何だという前に日本人が食に対してどれだけ鈍感になっているか

最近では”頂きます”を言わない家庭も増えているとのこと、、、

素材の命そのものに・また、携わってくれた人々への感謝忘れていませんか?

 

農家さんや生産者さんは雨の日も風の日も、旅行にもいけず食材の面倒を見てくれています。

特に僕の知っている畜産農家の方は家族同様に育てた牛を毎回 ”がんばっといでや” と

涙を流して見送ります。

漁師のおっちゃんは毎回命がけで海に出ています。

うちのじいちゃんも。。。

 

それなのに市場や料理人、消費者さんは

・形が不揃いで使いにくい

・傷がついてるからマケろ

・色が悪いからいらない

 

・・・プラモデル作ってる訳ちゃう!!

自然を相手に毎日、真剣勝負してるんや!全部同じ色や形って逆に気持ち悪くない?

と、いうのが生産者さんの意見

 

でも、消費者さんを含め誰が悪い訳ではなく全員で作ってしまったこの状況

じいちゃんの為にもそうだけど

座って文句ばかり言っているだけじゃなく

自分に何かできる事はないのか?

じいちゃんと残り少ない日を楽しく過ごせる方法はないか?

料理人の今の自分だからこそできる事はないか?

 

それなら人任せ、市場任せ世間任せになるんじゃなく

自分がやってみよう!!

今までお世話になった生産者さん達の悩みを軽減できるように

消費者さんたちに生産者さんたちの事を知ってもらう為に・・・

 

 

と、いう経緯で始めたコラボ店舗です。

コラボ先はその都度変わります。

農家さんや生産者さんもそうですが

市場で売れ残り品を買ってきて格安販売する日もあります。

家庭菜園でトマトやゴーヤが沢山獲れたからとご近所さんとコラボする事もあります。

 

そのまま販売する物もありますが料理人としてひと手間加えて

スープやスイーツ、おばんざいなどの商品にする事もあります。

 

人と人の手の間をごちそうで繋ぎたいから   ひと手間のごちそう

ロス食材に料理人としてのひと手間を加えた  ひと手間のごちそう

お母さん達の手間を減らしたいの気持ちから  ひと手間のごちそう

人の手間が沢山かかっているから御馳走の   ひと手間のごちそう

常によりよく仕上げるためのひと手間を大事にしたいから ひと手間のごちそう

色んな意味があります。